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Classical guitar skills in the style of jazz

1. 序章

十九世紀末に完成した、ガット弦(現在はナイロン弦)を用いるギターと呼ばれる楽器は、現在クラシックはもちろん多くのブラジリアンミュージックやジャズ、ロックまで様々なジャンルで用いられている。小さなオーケストラと呼ばれるほど繊細で表現の幅の広いこの楽器は、私たちに多くの感動を与えてくれる。

しかし多彩で繊細な表現力を持つばかりに、この楽器はコントロールする事が至難の業である。個人的にもギターが、クラシックの世界の中でもっとも報われない楽器であろうと思っている。あらゆる弦楽器のなかでもっとも指板上の運指が複雑であり、右手の発音についても多くの技法を学ぶ必要がある。比較的、楽器をコントロールする上でのミスが演奏のミスとして聴衆にハッキリと分かってしまうこともあり、歴代の名演奏家と呼ばれる名人の演奏でさえ、時には破綻した演奏となっていることさえある。そもそも独奏楽器であり、音量の無さ故にオーケストラで用いられる事も少ないといった、現在のクラシック界ではかなり異端な楽器なのである。国内の音楽大学においては専門のギター科を置いているところはいまだに少ない。

演奏されるレパートリーの面でも、おなじく独奏楽器であるピアノとは異なる進化をとげている。一般的にクラシックギターはレパートリーが貧弱であると言われている。しかしピアノとは比べ物にはならないが、編曲ものを含めバロック期から現代曲、練習曲から演奏会用の楽曲までクラシックミュージック用の楽器としては十分なレパートリーを備えているといえる。

ジャズを含めポピュラーミュージックでキーボード楽器を考えるとき、ほとんどの演奏家がクラシックピアノまたは最近では電子オルガンなどのバックグラウンドを持っている。または、ポピュラーミュージックを学ぶと同時にクラシックピアノのメソッドを用いて練習する、というパターンも多い。他の楽器に比べて、クラシックピアノは幼児からの教育法やメソッドなどが体系づけられていて学ぼうとする人口も多いため、そこから他のジャンルを学ぶ上でテクニック的な面はかなり有利である。しかもサックスやベースなどと比べて奏法が異なるという場面に出会うことが少なく、他のジャンルへの移行に障害があまりない。

ピアノと比較してギターという楽器を考えてみたい。まずジャズはともかくロックやポップスの分野で、クラシックギターのバックグラウンドが有るということは少ない。クラシック以外でのギターの需要が莫大でありその人口も数ある楽器の中でもダントツであるからだ。ギターを始めるときに、クラシックギターをやろうと思う人の割合は、ロックやフォークギターを始める人に比べてほんのわずかである。これがギターという楽器の分布である。ピアノとは違う。そしてエレクトリックギターという物は、楽器としてかなり特殊なものとなる。手元でコントロール出来る強弱の幅が小さい、基本的にピックを用いる、演奏上の構え方も違う、何より電気楽器である。

二十世紀のこの偉大なる発明品により音楽の歴史が変わっていくときに、クラシックギターのメソッドがそのまま活かされることは無かった。ロック=エレキというイメージにメソッドや練習はふさわしくなかったのだ。

さて、ジャズという音楽の中でギターという楽器は、バンジョーのあとに伴奏楽器として加えられた。それからギターには常に音量が足りないという問題に悩まされた。そしてその最後の解決策としてエレクトリックギターが採用された。これでソロ楽器としてもジャズのなかで生きていくことが出来るようになったのである。

ジャズという音楽はまたロックとも違い、ギターの役割は伴奏楽器であるピアノとソロ楽器であるサックスの中間のような働きをする。ドラムとベースの上で和音の伴奏を役割とする事もあれば、完全なソロ楽器としてフロントに立ち続ける事もある。独奏楽器として演奏する事もあれば、デュオ用の楽器としても最適だ。かなりめんどくさい役回りでもある。

ジャズにおいて他の楽器がクラシックのメソッドを参照にするというのは、ごくごく当たり前ではある。とにかくピアノはすんなりと移行出来て、ギターはやっかいなのである。ロックとは違い、指弾きすることも多々ある、そして、独奏や和音を用いたソロを取る事もある。しかし、基本的には別物の楽器なのである。クラシックギターのテクニックをマスターしたジャズギターリストが現れる事はあったが、それが一般的になることは無かった。

クラシック以外のギターのジャンルでメソッドが築き上げられた事実もいくつかあり、それについてはまた別のコラムで述べたい。ここではジャズの世界にクラシックギターのスタイルやテクニックを持ち込んだギターリストについて書いていくことにしよう。